よく分からないうちに5月になりました。
5月は結構大事な月なので本当に頑張らないとという月です。
自分らしさとちゃんと向き合っていけば大丈夫だと思うので、しっかり自問自答して手を動かしていく。
よく分からないうちに5月になりました。
5月は結構大事な月なので本当に頑張らないとという月です。
自分らしさとちゃんと向き合っていけば大丈夫だと思うので、しっかり自問自答して手を動かしていく。
ゴールデンウィークが終わった
特段休みがあったわけではなかったんですが、周りが休みだと自分のペースで作業が進めやすくなるのがいい
と思いましたが、振り返ってみるとやっぱり(そんなにマイペースで行けなかったという意味で)平日と同じ感じだった日が8割くらいだったのでマインドセットだけの違いかも
コンテンツを作りにおける尽きない課題。
それがタイトルにもある「書きたいように書くか読みたいように書くか」問題。
書くに限らず、しゃべるとかも同じ。
もう僕なんかずっとこれに悩まされ続けている。
一番大事なポイントは「読みたいように書く」のであって、「読まれたいように書く」ではないところ。
今回は書き方を
の3つに分けてみようと思います。
それぞれのメリットデメリットはこんな感じ↓
・書きたいように書く
メリット→書き始めやすい
デメリット→よっぽど書くのがうまくないとおもしろくない
(「読みたいように書く」ができるようになった上でだと、この書き方でもよくなるかもと一瞬思ったが、それはもはや「読みたいように書く」なのではという結論に至った)
・読みたいように書く
メリット→読んでもらいやすくなる
デメリット→書くのに考えることが増える
・読まれたいように書く
メリット→自分の考えがなくても書ける
デメリット→押し付けがましくなりやりやすい
自分はどこを主軸にしているのか認識しておくことが大事。
僕は「読みたいように書く」を目指しているんですが、なかなかそれができるようになれない。。
この悩みはクリエイターの多くが抱えている問題なんじゃないか。
よくぶち当たる具体的なパターンは2つ。
課題パターン1
「読みたいように書く」に徹したいのに、「書きたいように書く」を始めたくなっておもむろにエディタ開いて書き始めてしまい、おもしろさが何もないものになってしまう。
つまり、自分が読みたかったものにならない。
課題パターン2
「読みたいように書く」に徹するためにちゃんと準備して書き始めたのに途中で「読まれたいように書く」が高まってしまい、安い広告LPみたいになってしまう。
つまり、自分が読みたかったものにならない。
解決策というかやれることは、この3分類を意識しながらひたすら自分が読みたいように書くしかない。
そして、自分が好きなもの、読みたかったものを見つけたら、それが好きだと認識して何が好きなのか、どこがよかったのかを言語化し続けるしかない。
もちろん、この分けた3つは割合の話で、「読みたいように書く」ために、「書きたいように書く」のも「読まれたいように書く」のも排除しようという話ではない。
でも結局うまく書けたなというときは、全てが「読みたいように書く」に活きる形になっているので、まずはしっかり「読みたいように書く」に徹することができるようになりたいなと思います
いよいよLoqLogでやることがなくなってきた。
開発スタートしてちょうど10年ですよ!!!長かった!
すごく不思議なんですが、 今のLoqLogを使っていると、この形しかなかったなと思うんですよね。
本当に不思議なんですよね。
つくる前段階ではもちろん、つくりながらもこの形がイメージできていたわけではなかったので...
そのせいで、サービスの軸がぐらぐらし過ぎて、「昔はあったけど今はなくなってしまった機能」がたくさんあります。本当にたくさんあって、今のLoqLogの機能数を10だとすると無くなってしまった機能は200くらいあります。
なので、よく最終形態にちゃんとたどり着いたなと。
だってすごいと思いません?
プログラミングという無限になんでも出来る中で、
考えられるよさそうなものは手当たり次第やりながら、
途中びっくりするくらいぐちゃぐちゃのサービスになりながら、
途中使って頂いている方にすごい迷惑をかけつつ機能を終了させながら、
でもサービスそのものは止めず日々連続的に変化させながら、
10年以上つくり続けてふと目の前にある「もう完成するよ」という状態に対面する。
えー!?いつからバランスとれてたの!??
ずっと発散してたと思うのに、いつから収束してたの??
いつからこんなにシュッとしてたの?????
という感じの驚き。
細かいことでやるべきことやりたいことは山ほどあります。
UXのなめらかさ
コンテンツも
iOSアプリも
Androidアプリも。
もちろんマーケティングも。
これまでとにかく自分が使いたいもの、身近な人に使って欲しいものという意識でつくって来たので、ドキュメントも無ければ説明もLPっぽいものもありません。
とにかく、つくるのに集中してきたつけとして、やって来なかったことが山ほどあります。
やることが山ほどあるのはこれまでと同じなのに、やっぱりこれまでとは全然違う感じです。感覚的なものですが。
草むらをかき分けて進んでいったら、パッと開けた感じ。
時間かかりすぎだろとは思いますが、幸か不幸かこの間で世の中は変わっていないので、まぁ間に合ったかなと。
こっから、ラウンド2!
ちなみにラウンド2に行くまでの残りアップデートが30くらい。5月中には必ず!!
僕が文字を打つ環境は結構多い方なんじゃないかと思います。
メインはMacBook Pro 16とiPhone 11 Pro Max。
それに加えて、今打ってるiPad Pro 12.9のMagic KeyboardとiPad Pro 10.5のSmart Keyboard、Pixel 3。
それからAppleのMac用のMagic KeyboardとMacbook Pro 13。
で、最近はあんまり使ってませんが、Razerのキーボード。
最後に忘れちゃいけないのが、iPad ProのApple Pencilで書く手書き。(Neboというアプリ)
どれも書いていて最高に気持ちがいいんですよね。
メインはMBP16なので8割型こいつなんですが、こうやってキーボードを変えながらいろんなところで打つことで、ノートに文字を書くときにペンを変えながら書くのに似た、気持ちよさとか楽しさを感じます。
で、ずっと迷っているのがHHKB。この流れからすると、あってもいいのでは...と思えてきてしまった。
せっかく(?)とりあえず要らないという結論に至っていたのに
anyways, コードにしても文章にしてもずっと楽しく書き続けられる環境づくりという意味で、ペンのようにいろんな環境があるのは案外大事なんじゃないかと思っているという話でした
「つくる」という行為と向き合っていると、自分の感想と日々向き合うことになる。
この感想は良いか悪いかの2択ではなく、グラデーションになっている。
そんな中でも調子がいいときには、これは最高!と思うことがよくある。
でも実はこういうのは後から見直すと単におとなしい仕上がりなだけの場合が多い。
嫌味な意味での「優等生」的なコンテンツというやつ。
じゃあ、本当にいい作品とは何か。
それは、最高の作品でありクソみたいな作品であるという2面性を兼ね備えている作品なんじゃないか。
そしてこの狂気のような凶器を作品に含ませるためには、しかもコンスタントに含ませるためには、ナラティブが必要なのではないか。ガムシャラではない。